国定教科書とは、国が学校で使用する教科書を国または国の指定する機関、団体等が著作・発行したものに限定し、その使用を特定したものである。
1903(明治36) 年4月、小学校令の改正により、「小学校ノ教科用図書ハ文部省二於テ著作権ヲ有スルモノタルべシ」(第24条) と定められ、翌年4月から教科書の国定制度がスタートした。今回は、国語教科書を中心に、国定各期の特徴を概観してみる。国定各期の間では、それぞれ数度の修正版が発行されているが、ここでは 省略する。
なお、国定期の区分については、通例では第5期までとされているが、研究者によっては、戦後の暫定期を挟む昭和22年からの文部省著作教科書の期間をもその対象とする見方もある。また、敗戦直後、暫定期の前臨時的に使用された「墨ぬり教科書」については、別に紹介したい。
第1期
「尋常小学読本」巻1~巻8
使用期間・・・・1904(明治37)~1909(明治42)年
使用者出生年・・明治30年4月~36年3月
通称「イエ・スシ読本」と言われ、「発音ノ教授ヲ出発点トシテ、児童ノ学習シ易キ片仮名ヨリ入リ」とあり、単語の前にカタカナの単音と絵との組み合わせから入ってる。
尋常小学校の 年限が4年であったため、各学年2冊の使用となっており、表紙、本文とも 黒の一色刷りである。
第2期
「尋常小学読本」巻1~巻12
使用期間・・・・1910(明治43)~1917(大正6)年
使用者出生年・・明治36年4月~明治44年3月
通称「ハタ・タコ読本」と言われ、 カタカナの単語から入っており、初出文字を上覧に出している。明治40年 の小学校令改正により、尋常小学校の年限が6年となり巻数も12冊となる。
第1期の表音棒引きから歴史的かな づかいに改め、漢字数を増加させた。 国民的行事、習慣、趣味あるいは、 童話、伝説、神話等に関する教材も多くとり入れられ、文学読本的色彩が濃 くなったが、一面、国家主義的精神の高揚を意図した軍国主義的教材(「広瀬中佐」「日本海海戦」など)も採用され るなど、日露戦争の影響も強くみ られる。
第3期
「尋常小学読本」「尋常小学国語読本」各巻1~巻12
使用期間・・・・1918(大正7)~1932(昭和7)年
使用者出生年・・明治44年4月~大正15年3月
この期は、2種の教科書が同時に使用された。「尋常小学読本」は、いわゆる黒表紙本と呼ばれた。旧読本の文章の平易化、課数の増加などの工夫をした「ハタ・タコ読本」の修正本を使用されたが、全国的に採用数が少なかった。
一方、通称「ハナ・ハト読本」といわれたいわゆる白表紙本の「尋常小学国語読本」は、自由な編纂法により、教材を新しく児童生活を主としたものに求めた。
内容的には、児童自身を主人公にしたものや、童話・童謡などの文学教材をはじめ、外国紹介あるいは外国人の主人公など国際的視野に立っ た教材が多く採用された。これが、児童に親しまれ歓迎され、同じ時期の黒 表紙本に比べて、全国各府県の三分の二以上で使用される人気であった。
第4期
「小学国語読本」巻1~巻12
使用期間・・・・1933(昭和8)~1940(昭和15)年
使用者出生年・・ 大正15年4月~昭和9年3月
「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」で始まる通称「サクラ読本」と言われ、この本から挿し絵、表紙とも色刷りが採用された。巻頭が、単語からではなく「サイタ サイタ・・・」の文で始まる、いわゆる文章法の採用は教科書史上特筆されることであり、新鮮な挿し絵の色刷り相俟って人気が高い教科書である。
国定教科書のなかも、文学的教材の比率が最も高く、対話的、劇的教材など文学的精神が豊富と言われる。
しかし一方、教材の中には、「空中戦」「東郷元帥」などの軍事教材、「天の岩屋」「神武天皇」「羽衣」などの神 話・古典教材、「サルトカニ」 「浦島太郎」 などの昔話・伝説教材が採用されており、これらの教材から大正期のデモクラテックな雰囲気を感じさせる第3期とは反対に、忠君愛国的な軍国主義の教科書へと予感させる。
第5期
初等科第1学年「ヨミカタ 一、二」「コトバノオケイコ一、二」
初等科第2学年「よみかた 一、二」「ことばのおけいこ 一、二」
初等科第3~6学年「初等科国語 一~八」
高等科「高等科国語 一~三」
使用期間・・・・1941(昭和16)~1945(昭和20)年
使用者出生年・・昭和9年4月~昭和14年3月
昭和16年「国民学校令」が公布される。これによって義務教育の年限が、8年間となるとともに、従来の国語、修身、地理、歴史が統合して国民科となり、国語は国民科国語と位置づけられた。初等科第1学年「ヨミカタ」が「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」で始まることから、通称「アサヒ読本」と言われる。表紙、本文とも色刷りの国民学校時代の教科書である。
軍国における忠君愛国の精神を鼓吹し、教育目的を『皇国民の練成』へと導く、極めて軍国主義的色彩の濃い教科書である。
暫定期
初等科第1学年「ヨミカタ 一、二」
初等科第2学年「よみかた 三、四」
初等科第3~6学年「初等科国語 一~八」
高等科「高等科国語 一~四」]
使用期間・・・・1946(昭和21)年
使用者出生年・・昭和14年4月~昭和15年3月
敗戦直後、連合国軍の占領下で、教科書の超国家主義・軍国主義あるいは神道教材に対し、切り取り・貼り合わせ・墨ぬりなど削除の指示が文部 省や都道府県、ときには学校現場の判断によって児童に出された。194 5(昭和20)年末、連合国軍総司令部の司令による終身・歴史・地理の 授業の停止と、翌年のこれらの教科書の回収がなされる。
結局、1946(昭和21)年度使用の暫定教科書は、削除対象外の残存教材をベースに多少の補充教材で編集された。例えば、初等科1年の「 ヨミカタ 一」は3分冊で、第1分冊(1ネン上)は、16頁刷り放し( 本文13頁)の新聞用紙に印刷した、製本もされていない、本文2段組みの粗末なものであった。使用に際して、ナイフを入れA5版に切り揃える ことから始まり、概ね他教科も同様の体裁であったため、別に「折りたた み教科書」あるいは「仮綴じ教科書」とも呼ばれている。
[第6期]
文部省著作教科書
第1学年「こくご 一~二」
第2学年 「こくご 三~四」
第3学年「国語 上・下」
第4~6学年「国語 各上・中・下」
使用期間・・・・1947(昭和22)年~1949(昭和24)年
使用者出生年・・昭和15年4月~昭和18年3月
いわゆる「文部省著作教科書」である。昭和22年国民学校は小学校、中学校となり、6・3制が発足した。新しい学校制度の実施とともに、新時代の要求に答えるべく、「話す」「聞く」「読む」「書く」を主体して編集された、戦後最初の国語教科書しとて注目すべきものである。
さらに、昭和24年には、「まことさん はなこさん」、「いなかのいちにち」及び「いさむさんのうち」の3冊が発行された。これは、新しい教科書の検定制度の下、民間で出版される新しい国語教科書のモデルとして、GHQの提案により文部省が作成したものである。これらは、石森延男らが中心となって編集したものであり、国語入門教科書として、この後の検定教科書に与えた影響は大きい。