『忘れられた日本人』宮本 常一(著)
推薦者
村田 敦郎 函館校 地域協働専攻 国際協働グループ
推薦のことば
日本文化の悪習として挙げられる忖度や同調圧力がある。本書ではそれらの原点ともいえる村落の生活文化の記録がつぶさに語られる。しかし民俗学者・宮本常一の筆にかかると、村での忖度や同調圧力は人々の包容力や人間関係の奥深さとして描写され、単なる悪習ではなくなってしまう。つまり、忖度や同調圧力とはそのような良い部分が補完されてこそ、人々にとって有益になることを教えてくれる。本書には、今の日本人に「忘れられた」ものがたくさん詰まっている。
二つほどお薦めの章を紹介する。被抑圧者のイメージで描かれることが多かった農村の女性だが、宮本は当の女性たちから「女性の一人旅」の話や女同士の奔放な「エロ話」などを聞き出す。農村女性の負のイメージを覆した名作「女の世間」。
世間(村)では人並の仕事とみなされなかったばくろう(牛飼い)をしていた盲目の老人の一代記「土佐源氏」。主人公は行く先々の村で女性に手を付けては逃げ出すを繰り返す-現代の倫理ではろくでもない―人物だが、彼の物語を読み終えると不思議とさわやかな読後感にとらわれる。それは日本文化における個人の生きる苦しみと欲望、社会の残酷さと懐の深さがこの短い一編に凝縮されているからだろう。
本書のそれぞれの章は独立しているので、どの章から読み始めてもよく、日本民俗学の入門書として好著ともなっている。
図書情報
『忘れられた日本人』
宮本 常一(著)
出版社:岩波書店(岩波文庫)/出版年:1984年/ISBN:9784003316412
※推薦者の所属・身分は2022年3月時点のものです。
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